ブログが移転してました。
ヒーリングピアノの情報も上記で更新しています。
あなたのピアノで世界を包もう | 日本国際ヒーリングピアノ協会
現在、ブログはこちらで更新を続けております。よろしくおねがいいたします。
メッセージをいただきました
橋本さま 初めまして。 今日、たまたま「日本国際ヒーリングピアノ協会」のサイトに出会い、こちらのFacebookもフォローさせていただきました。 私事ですが、幼少より20年近くピアノに関わって来たものの、3.11以来色々と心理的な葛藤があり、鍵盤から遠ざかっていました。 動画など拝見して、私の経験・資質などがこの上なく良い形で生きるのではと希望を見出した思いでいます。 創作表現タイプとエネルギーの自家中毒の箇所は、ピアノを弾く時ほどの大きなエネルギーを動かせる活動は他にない・・・としみじみ感じていた通りですし、読んだ本から旅の思い出、喜びから絶望に至るまで、どんな経験・感情も音楽表現においては糧になると常々実感していたことは、まさに「ヒーリングピアノ」のコンセプトに合致すると感じます。 長々と書いてしまいましたが・・・ 引き続き協会サイト、Facebook等拝見し、私の新たな方向性としてじっくり検討させていただきたいと思います。 どうぞよろしくお願いいたします!
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橋本翔太お返事
●●様 丁寧なメッセージをありがとうございます、また僕のサイトを見つけてくださり感謝申し上げます。私は福島出身で、震災以降のショックは相当でして、吉田さんの心中、お察しいたしますし、共鳴します。 僕たちは、結局、演奏、表現をしていかないと、かえって体調のバランスをくずしてしまう、逆に言えば、演奏表現によって、本来の自分を取り戻し、その結果人生そのもの、人生のどの分野も輝かせることができる、そんな種類の、そんなタイプの人間なんだと思います。 どうぞ、こちらでもよろしくお願いいたします
橋本翔太
橋本翔太 facebook www.facebook.com/shotahashimoto.music
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日本国際ヒーリングピアノ協会では、
ピアノを通して、自分の過去や不安や悲しみ、を昇華させ、
表現することで、創作することで、自分自身を取り戻すためにピアノのスキルを身につけます。
あなたの演奏は、あなた自身を癒やし、
そしてあなたの周囲を癒やし始めます。
あなたと同じ思いや悩みを抱えた人たちの心に、
あなたの奏でる音楽が共感、共鳴していくのです。
そしてそれだけではありません。
現在のインターネット環境を駆使しして、世界配信へとつなげます。
あなたがこの世からいなくなっても、作品は残り続けるのです。
日本国際ヒーリングピアノ協会では、そんなことも可能にします。
以下は講師oyakata先生の作品です。イラストと師もoyakatanによるもの。
これはひとつの例ですが、こんなふうに、貴方自身を、この講座で表現してみませんか。
日本国際ヒーリングピアノ協会では、ヒーリングピアノの作曲スキル、だけではなく、
表現を通して自分自身を開放していくために、ご希望のかたには自分の大好きな曲をアレンジして弾くレッスンも、
おひとりおひとりに、あわせてご提供します。
まさにこれからの花見の季節の、優雅な流れをうたった、
中学校の音楽でもならう、滝廉太郎の「花」も、
講師oyakata先生の手にかかるとこんなボサノバテイストに。
表現の幅が、あなたの人生の幅を広げます。
ご質問、感想いただきました。環境のデトックスは、ピアノ上達にも、実は関わってきます。
詳しくは、著書【あなたをうるおすピアノレイキ】もしくは、ナチュラリングファーストノート をご参照ください。www.reiki-de-kirei.com/naturaling/index.html
ナチュラリング・ファーストノートを受講している Iさん から
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橋本翔太さま
質問させていただきます。
実家住まいで、小中学校時代の同級生からいじめにあっていて、
そのいじめをしてきた同級生がまだ近所にすんでいて嫌な気分になりやすいです。
環境的に引っ越しなどできない場合はどのように環境デドックスすればいいですか?
よろしくお願いいたします。
**橋本回答)*******
お答えしますね。テキストにもありますが、とにかく、大モノは、最後に考えることにして、
今できるものから処分していってください。
引っ越しは無理でも、家の中、部屋の中にある、当時のいじめを思い出につながるようなものは処分してしまいましょう。
わたしは図工の時間や国語の時間につくった、自分の作品や作文をのぞいて、小学校時代の教科書から卒業アルバムまで、すべて処分しました。
いきなりでなくていいので、少しずつ、とりくんでみてください。
今デトックスできるものを、デトックスしてから考えるようしましょう。
今できるデトックスの後に、気づくことがでてきます。そしたらまた、それを実行しましょう。
橋本
**(お返事)**************
こんばんは。橋本様
ナチュラリングを開始して、一ヶ月たちました。
気分の面で落ち着いてきました。
セカンドの恋愛面というのを注文するのには、
ナチュラルリングを一年やってそれからセカンドの恋愛面に進むほうがいいんですか?
まだまだナチュラリングの基礎をやらなければいけないとは、思いますが、いつごろセカンドに進めばいいのか教えていただきたく、ご連絡させていただきました。
よろしくお願いいたします。
**(橋本回答)*****
こんにちは、橋本翔太です。
いえ、どんなタイミングでも結構ですよ。
ご自身がとりくみたくなってきたときに、ぜひ、取り組んでみてください。
また、ファーストも一度やったら終わり、ではなく、セカンドをやりながら、
ときどき見直されることをおすすめいたします。
また何かございましたらご連絡くださいませ。
橋本翔太
**(お返事)*******
ありがとうございます。自分がやりたいと思ったら受講しようと思います。
ピアノも習っているので、楽譜を見て、ヒーリングピアノもやってみようと思います。
子供時代は嫌々ピアノを無理矢理習わされていたのに大人になって再度習う幸せ、
ピアノの音色に癒される幸せ、
保育士として子供の心を満たせるピアノが弾けるようになりたいと子供の頃と違いピアノが好きになりました。先生のピアノにであったおかげです。お体に気を付けてお過ごしください。
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Iさん、ご質問ありがとうございました。
ナチュラリング、ヒーリングピアノ、ともにみなさんのお役に立てれば幸いです。
よくある質問 「今から本当に作曲ができますか、自分を表現できますか?」
回答 「今、はじめなかったら、この先も、表現もピアノも作曲もできません。そしてそれで重ねる年の数は同じです」
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【やればできる】という逃げ道と麻痺
最近は見なくなりましたが、12~15年くらい前は、新宿あたりを歩いていると
「すみません、手相の勉強しているんですが、あなたの手相みせてもらえませんか?もちろん無料です」
と声をかけてくる人がまだ結構いました。
僕も学生時代に、親切心から見てもらった事があります。
要は街頭キャッチです。あることないこと、いわれて、不安をあおられて、
自己啓発セミナーとかあやしい宗教とかに勧誘されるわけですが、
そこでの、決まり文句、って何かご存知ですが?
もれなく僕もそのときにはっきり言われたので余計に印象ふかいのですが、
「あなたは、もっとできるのに、やればできるのに、実力を発揮できていませんね」
と言われるんです。そして、この言葉に、「いいえ、全力でだしきってますけど」
なんて反論できる人は、ほとんどいません。
なぜなら、多くの人が、もうおそらく99%の人が、もっとできるのにやっていない、
わかっているけれどやっていない、やればできるんだけどね。
と思っているからです。(なお、このような事を得意気に言ってくる占い師やヒーラーは、関わるのをやめましょう。
人間である以上、だれもが、この感情を多かれ少なかれ抱いており、誰にでも当てはまることで別に特別なことじゃないんですから)
■なぜ、みんなに当てはまるのでしょうか。それは、人間にとって一番、こわくて、かなしくて、立ち直れないのは、
やったのにダメだった
全力を尽くしたのにうまくいかなかった
本気で努力したのに手に入らなかった
という状態です。
叶わない、手に入らない、という現実を突きつけられる上に、もう全力でやっていますから、
いいわけも逃げる事もできず、すごいショックをうけることになります。
言い方を変えると、
やればできる
いつかできる
本気になればできる
やってないけど、いつかやれば叶う
というのは、傷つくのを回避するための逃げ道なんです。
やればできる、という言葉で、自分の自尊心が傷つくのを防御できるわけです。
つまり、誰もが、自分の可能性を残しておきたいんです。
言い方を変えると、自分の可能性を知るのが怖い。だから、やればできるんだけどね、と言って逃げてしまう。
オーディションを受けて落ちてしまうよりも、受けもしないで、受ければ最終選考までは残ると思うんだけどね~って言っている方が気持ちがいいんです。
転職活動をしないで、その気になったら、何社かいいところが見つかるとは思うんだけどね~と言っている方が、楽です。
色々準備が整ってからやろうと思うんだ、と先延ばしにしているほうが、傷つく事も先延ばしにできます。
いつかやろうと思っているんだけどね、といいながら、いざ、そのときがきても、自分の限界を知るのが怖くて、また先延ばしにしてしまうんです。
ですから、本当に多くの人が、チャンスがきても、いざ、やることができる機会がきても、
それをやりません。
やってみて、もしダメだったら、すごいショックで傷つくのをわかっているから。
【やればできるんだけどね】 という、曖昧な状態が一番心地いいからです。
麻薬みたいなものですね。
【やればできるんだけどね】といえば、現実から逃避できますし、気持ちもよくなります。
だって自分はやればできる、そんな力のある人間だ、と今は思う事ができますからね。
そうやって、やればできる、その気になればできる、いつかやればいい、という言葉でごまかしていくうちに
年をとっていきます。
やってもできなかった。
やったけどダメだった。
これは本当にキツイ。苦しいことです。
でも、
やればできる、 という 幻想でごまかして、逃げて、年をとるのと、どっちがいいのか。
僕が新宿であのとき声をかけられたウサンクサイ手相の人のように、
あなたはやればできる人なんだけど
なんて、自分にいいきかせて、逃げていませんか。
本当にやればできるかどうかは、やってみないとわかりません。
そして、やってみてだめだったとしても、そ子で初めて見えてくる景色や気づきがあります。
みなさんは、表現に関して、ピアノに関して、そしてこのサイトの講座に関して、
いつかそのうち
やればできるんだけど
といって、自分の可能性を知るのを怖がっていませんか?
やればできるんだけどね、と思うのは、今は気持ちがいい麻薬みたいなものですけれど、
やがて年齢をかさね、もう、どうやっても、やればできる、といえなくなったときに、
ものすごい後悔と失望に襲われます。
本当にできるかどうかはやってみて、わかるものです。
そして、やってみた先には、できようが、できまいが、今とは違う、次の新しい景色が見えてくるのです。